ヘンな先生たち

私の通っていた高校はヘンな先生がたくさんいました。

岩波文庫を全部読む

「私の若い頃の夢は岩波文庫を全部読むことでした。残念ながら人生の残りの時間を考えるとそれはかないそうにありません。」と本当に残念そうに語る国語の先生がいました。当時は随分と酔狂なことを考えるものだと半ば呆れながら聞いていましたが、今は世の中こんなに面白そうな本があるのにそれを全て読んでいる時間は自分にはもうないという事実を寂しく思います。

なぜ生成文法を教えないのか

一年生の英語の授業の冒頭で、いきなりなぜチョムスキーの生成文法ではなく従来型の構文を覚える授業をするのかについて説明が始まりました。当時はチョムスキーという名前も知らなかったため、一体何の話が始まったのかチンプンカンプンでした。今思うと当時英語研究の分野では生成文法全盛だったので、従来型の文法教育をおこなうことに葛藤があったのかもしれません。

鶏が先か卵が先か

たしか2年生になってから本格的に物理の授業が始まったと思うのですが、いきなり「鶏が先か卵が先か、論じよ」という哲学めいたテストを受けさせられた記憶があります。個人的にはそういう話は嫌いではないのではなかったのですが、周囲には相当不評でした。その物理の授業はこういう質問がちょこちょこ散りばめられていたのですが、今思えば科学的にものを考えるとはどういうことかを学ぶよい機会になったと思います。

アメリカ帝国主義に従属する国家独占資本主義

日本史を担当した先生はバリバリの共産シンパの方でした。教科書は一切使わず、自分で作ったプリントを教材として使っていたのですが、そのプリントもそこらじゅうにレーニンやら不破哲三の著作からの引用が溢れていました。それによると日本は「アメリカ帝国主義に従属する国家独占資本主義」の国らしく、当時の私は目からウロコが落ちる思いでした。教えている内容は相当偏っていていましたが、信念をもって真摯に教育に取り組む態度は立派で、今でもお会いしたくなります。

君たちの半分は一年後浪人になります

3年生のときの担任の先生が学年の最初にいきなりこう言いました。その先生は数学の先生で大学では統計を専攻されていたため、教員になられてからも卒業生の進路について統計を取り続けていました。その長年の研究の結果(?)がこの言葉です。実際先生は「ごめんね、けど、統計的に言うとほぼ間違いなくそうなるんだよ」と本当にすまなそうに付け加えていました。おそらく先生としては生徒に発奮してもらいたかったのでしょうが(「絶対一年後見返してやる」と息巻いている生徒もいました)、一年後には見事に予測通り半分の生徒は浪人の道を選びました。

良い先生ってなんだろう

なんでも教育委員会の方針が変わったとかで、こういうヘンな先生たちはその後いろいろな学校に転勤して散り散りになってしまったそうです。当時は東大への入学者数もかなり多い進学校だったのですが、今ではそういう話も聞きません。どの先生も問題アリなのですが立派な先生だったと思います。本当に感謝しています。

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