TEDと学会発表

学会発表の参考になるかと思いTEDをよく見ていたのですが、次第にこれは違うなと感じるようになりました。

TEDのパラドックス

さすが “Ideas worth spreading” を標榜するだけあり、見終わったあとは「凄い話を聞いてしまった…」としばらく呆然としてしまいます。そこから徐々に立ち直り、もう一度「凄かったなぁ」と感心します。

問題はここからです。

しばらく経ってから振り返ってみると、自分の中に残っているものが驚くほど少ないのです。これはとても不思議な経験です。あれだけ感動したのに何に感動したのかが思い出せない。ただ「凄かった」という印象だけ残ります。

なんとなく、聞いたことのない話が多すぎて頭の中の整理が追いつかず、結局なにも定着せずに過ぎ去ってしまう、そんな感じがします。

なぜ頭に残らないのか

厄介なことに、プレゼンテーションを聞いて重要だなと思っても後で何だったのか思い出せないことはよくあります。原因はいろいろあると思いますが、意外と気づかないのが情報、特に聞き手が知らない新しい情報の詰め込みすぎです。

話し手は自分がよく知っていることを話すので、聞き手が何を知らないか実はよくわかっていないことがあります。そのため無意識のうちに、次から次へと聞き手が知らないことを並べ立てることになりがちです。聞き手が興味のない話題だと単に「よくわからない話」で終わってくれるのですが、興味のある話題の場合は厄介な問題が生じます。

人間は理解しようとする

人間はどんなものでも理解しようとします。夜空を見上げれば星座に神々の物語を読み取り、手のひらを見下ろせば手相から運命を読み取り、火星の写真から人の顔を見つけます。興味を持って見たり聞いたりしたものは特にそうです。当然のごとく「よくわからない話」すらなんとか理解しようとします。

残念ながら、よくわからない話を無理矢理理解しようしても、なんとなくわかったような気分になるのが関の山です。あくまで気分できちんと納得して理解しているわけではありません。そして人間納得していないことはすぐに忘れてしまいます。こうして、なんだか凄かったけど何が凄かったのか思い出せない、という状況が生まれます。

1分の耐えられない長さ

さて、ここでスマホでも腕時計でもなんでもいいですが、きっちり1分間測れるタイマーを用意してください。次に、ただタイマーだけを見て1分間カウントダウンしてください。

いかがでしたか?1分間集中していられましたか?おそらくとても長い時間に感じられたのではないかと思います。それが発表を聞く側の時間感覚です。

では次に、このPDFの2段落目を1分間で読み上げられるだけ読んで下さい。声を出して読み上げるのが理想ですが、無理な場合は黙読でも構いません。ただし理解しようとして読むのではなく、さも内容を熟知しているかのように意味はわからなくても、ただ粛々と読み進めて下さい。

今回はいかがでしたか?私は1分間で段落の4分の3ぐらい読み上げることができました。あらめて見直してみると結構な量があります。これが発表を話す側の時間感覚です。

さきほど読み上げるようにお願いした文書はかなり高度なもので、あの部分を読んで「あー、はいはい、よく知っています」と言える人は相当少ないと思います。もちろん私はチンプンカンプンです。たった1分で、です。

学会発表で1分と言えばアッという間です。けれど、それは話す側の時間感覚です。聞く側の感覚とは違います。聞く側からすれば1分間に入ってくる情報量は大量です。その間、今までに聞いたことがない情報が次から次へと流れてくれば、あっという間に頭がパンクして、それ以上新しい情報を処理することはできなくなります。

学会発表は研究の自己紹介タイム

学会発表で話さなければいけないことは沢山あるように思えます。科学は結論だけではなく(あるいは、結論よりも)そこに至る道筋がとても重要です。道筋も含めて丁寧に説明していると1分、2分どころか10分、20分でも足りないぐらいです。自然と早口になります。なにせ自分にとっては発表内容は目新しいことがないので、先程の読み上げのようにスラスラと先へ進みます。 そして聴衆は置いてけぼりにされます。一体どうしたらいいのでしょうか?

私は、学会発表はあくまで研究の自己紹介タイムと割りきって、研究内容に興味を持ってもらうことに集中するのが良いと思います。長い時間をかけて研究してきた身からすればアレもコレも話したくなるのはよく分かるのですが、情報が多すぎて何も伝わらないのでは本末転倒です。何についての研究なのか、見どころはどこか。自分の研究に興味を持ってもらうのに必要最低限な部分を丁寧に説明する。もし万が一時間があまったら、見どころをもう少し詳しく説明するけれどもそれはしなくても構わない。そういう心構えで発表を準備すれば情報を詰め込みすぎることもなく、聴衆を置いてけぼりにすることもなくなります。

それではきちんと説明したことにならないじゃないか!と思われるかもしれませんが、そもそも発表で研究を「説明」しなければいけないなどというルールはありません。きちんと説明するためのツールとして予稿があります。学会での発表と予稿であわせて一つのセットです。「詳しくは予稿を見て下さい」というのは手抜きでもなんでもなく正しい発表のありかたです。発表は予稿に興味を持ってもらうための手段と考えるのがちょうどよいと思います。

質疑応答の時間も発表同様、研究に興味を持ってもらうために使うと割りきるべきだと思います。発表を聞いて少し興味が湧いたけれども予稿を読むほどか決め兼ねている、そんなファン一歩手前の人から質問を引き出して背中を押す。そういう質疑応答になれば完璧です。

ときどき淡々と客観的に発表している人を見かけると、なんと勿体無いことをしているんだと思います。発表は予稿の朗読会ではありません。自分が時間を使って進めてきた研究の晴れ舞台です。是非、その魅力を堂々とフェアに売り込みましょう。

伝えることをさらに学ぶには

アイデアを “stick” (ここではのりでくっつけて離れないような様子の意味)させるにはどうしたらいいかを説明した好著。英語ですが読みやすいです。

“Made to Stick” の邦訳。別にこちらで読んでもいい(自分で読んでいないので翻訳の質は保証しかねます)と思うのですが、原題と異なりまったく stick しない邦題が残念極まりないです。中身ともあまり合っていませんし。たしかに翻訳が難しいタイトルだとは思うのですが、もう少しどうにかならなかったのでしょうか…

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